困った看護師2


 うちの病院のシフトには、遅番、というのがある。準夜が16時から始まって、大体16時半くらいまで申し送りを聞いて、それから勤務に入るのだけれど、遅番は18時半までの勤務で準夜勤務者をサポートする。


 昨日は私が準夜で、前に書いたことのある「超問題ナース」が遅番だった。この問題ナース、仕事が全然出来ない。ミスは多いわ動かないわ重症の患者さんは放置するわ酷いものなのだが、昨日の彼女の問題はちょっと違った。


 この問題ナース、仕事が全く出来ないクセに注意されると逆ギレるという性格で、色々な病棟で持て余されて今の私の居る病棟に居るのだが、今の病棟の師長と副師長のコンビが前に居た病棟に彼女も一緒に居たことがあって、その時もミス連発の上に反省ナッシングで周囲のスタッフと揉めに揉めて、遂に看護部長まで巻き込んで彼女に辞職を勧告する騒ぎになったらしい。昨日は、その時の話を延々と彼女が帰るまでされ続けた。

「まったく、○○師長と××副師長ったら、本当に意地が悪い人達なのよ。△△部長まで。みんなでよってたかって私を辞めようとさせたの。だから私、労働委員会(だか何だか忘れたが)に訴えますよ、って言ったんですよ」

(それはあなたがあまりにも仕事が出来ない上に人間関係の上でもトラブル多発だからであって、別に師長と副師長と看護部長は意地悪をしたわけでは無いと思うのだが←小川の心の声)

「◇◇さんっていうやっぱり意地の悪い看護師が居てね、私が日勤でセットした薬を夜勤の間にグチャグチャにしちゃって、それを私のミスにしようとしたのよ!」

(……それはあり得ない! 嫌がらせをするにしても、幾ら何でも薬をいじる看護師なんて居ない。というか、アナタがそもそも毎回毎回薬のセットをミスるんでしょうが)

「私はクリスチャンですからね、許しました。ええ。でも、今思い出しても本当に腹が立ちますよ!!」

(……全然許してないじゃん)


 この人、病気だ、と思った。この看護師、一部で「あの人は病気だよ」と囁かれているのだが、その意味がわかった気がした。事実を酷く歪んだ形で認知していて、しかも全く修正が効かない。殆ど、いや、もはや完全な妄想である。彼女の中では自分のミスは全く無かったことになっていて、周りがミスを指摘するのは全て「嫌がらせ」なのである。


 普通の人間でも、自分のミスを誤魔化したり取り繕ったりすることはある。だが、彼女が普通で無いのは、自分のミスを絶対的に認めようとしないことだ。自分がミスをする筈は無い、と信じ切っている。そして、その誤認を他人が修正しようとすると、嫌がらせだと烈火の如く怒る。これはもう、完全なる妄想である。


【妄想】あることを意味づける場合に、客観的にみて誤りであることが明確なのに、それを真実であると信じ込む病的な確信。(医学書院「看護・医学事典」より)


 患者さんの妄想を聞くのは給料のうちだから仕方が無いとして、同僚の妄想を聞くのは給料のうちなのだろうか……。延々と妄想を約1時間半語られて、正直本来の業務の3倍くらい疲れた。ああ、誰か彼女を治療して下さい。


 ……こういう、すれすれのところで社会生活を送っている、精神障害者の人が社会には結構居るんだろうな、と思った昨日の夜。こういう病識の無いケースは、治療に乗せるのが難しいんだよなあ。

人なぜ、心を病むのか


 先日病院の待合室で読了。一般向けの本なので、あまり専門的な内容ではなかったけれど、事例がかなり具体的に色々と載っていて面白かった。


困った看護師


 それは朝一番、病棟中で入浴誘導をしていて(私の勤務している病棟は病棟内に浴室が無い。なので、病棟を出て地下に在る浴室まで患者さんを一々誘導しなければならない)バタバタしていた最中に始まった。

「heavynovaさん、私、給料明細が間違っているみたいだから、ちょっと経理に行ってきていいかしら」。……言うだけ無駄だとわかっていたので口では「どうぞ」と言って好きにさせたが、私も直後に師長に苦情を言いに行った(というか流石に私がキレた)。師長は「ああ〜」と失笑していた。


 半分近くのスタッフが入浴に回って、ナースルームには私と彼女の2人しか残っていなかった。そこに、個室から大声。

「も〜!! 止めてよ〜!! 出てってよぉ〜!! 出てけってばぁ〜!!」

 その個室は残っていた彼女がその日受け持ちだったので様子を見ていたが、一向に個室に向かう気配は無い。業を煮やして私が個室に入ると(興奮しても暴力を振るう患者さんでは無いので1人で入っても大丈夫と判断した)、大柄の女性患者さんが泣き喚いていた。

「おじいちゃんが頭の中に入ってきて300億人に増えちゃったのよ〜!!」

 思わず腰が抜けそうになったが、とにかく物凄い大声で喚くので、病棟中に響き渡っている。「それは辛いね。お薬を飲んだら楽になるから、飲もう」と不穏時薬を促すと、スムーズに服用してくれた。


 ナースルームに戻った私に彼女が話しかける。「heavynovaさんがさっき居なかったから、もう(個室に)行っていると思ったのよ……」。いいえ、他の患者さんに付き添って煙草を買いに行っていました。


 その後も「私、今日注射係なので、ちょっと物品を取りに行ってきますね」とナースルームから出て行く彼女。1人取り残されて一瞬おいおいと思った(そしてそんなもん後にしろよと思った)が、もう彼女は透明人間と思うことにして、取り敢えず動いた。患者さんの入浴誘導の手伝い、買い物に行きたいという患者さんの付き添い、お風呂から上がってきた患者さんの処置……、全部1人でやった。1人でだってこれくらい出来るわい! と、半分やけくそのような気持ちで動きまくった。


 そして午後、最大の暴走。入浴だなんだで仕事が山のように溜まって半分パニックになりながらバタバタ仕事をしていた補助看護師さん達が、患者さんに「おやつちょうだい〜」と急かされておやつの準備をしている横から、彼女が「Sさんにはドーナツとか脂っこい物は止めて頂戴! 高脂血症食を食べているんだから!」と口を挟む。実はその件は1週間前くらいに担当ドクターに確認済み。「ささやかな楽しみを奪っちゃうのも可哀想だから……。おやつくらい好きに食べさせてあげていいですよ」とドクターに言われ、申し送りをしてあったのだ(勿論彼女にも申し送りは行っている。しかし他人の話を全く聞かないのが彼女)。いや、制限しなくていいんですよ、ドクターはささやかな楽しみだから、って言ってますよ、と口を挟もうか逡巡しているうちに、補助看護師さんの方がキレた。

「私達そういうことはよくわかりませんから、じゃあ看護婦さんの方で準備なさって下さい!」

 あちゃ〜、やっちゃったか、と思っていると、件の彼女、「わかりました!」と憤然と病室に入っていき、Sさんを連れて売店に向かった。しばらくすると他のナースがやって来て、「○○さん、どうしたの? 凄い勢いで売店に行ってたけど……。なんか、Sさんと一緒だったけれど、あんまり凄い勢いで○○さんが歩くから、Sさん、こーんな後ろの方においてかれちゃって、おいおい、って思ったんだけれど」と尋ねてきた。経緯を説明すると、「ああ〜」とそのナースも思わず苦笑い。


 伝聞では、彼女、売店でも相当荒れていたらしい。可哀想なのは巻き込まれたSさんだが、幸か不幸かSさんは元々の精神疾患認知症が相当加わっていて、自分のおかれた状況が可哀想な状況だということを多分わかっていない。それがせめてもの救いと言えば救いで、他のしっかりした患者さんだったら、またそこで一悶着あっただろう。


 ……何だか、もう、何と言っていいのかわからないけれど、もう、疲れた。こういう場合は上司やその上層部が彼女に然るべき指導をするべきだと思うが、彼女は放置されているのが現状だ。噂では何か上層部の方から言った時に「訴える」とか何とか騒ぎ出したことがあったという。恐らく、上層部も面倒なことになるのが嫌で、見て見ぬ振りをしているのだろう。病院としてもナースが不足している状態で、彼女でも取り敢えず有資格者として人数に数えられるなら入れておきたい、ということもあるのかもしれない。


 ……でも、私は、そういう上層部の態度は嫌だ。彼女の暴走以上に、そういった上層部の態度の方に、反感を覚える。ナースはただ座っていればいい仕事ではない。申し送りを右の耳から聞いて左の耳から垂れ流す人が出来る仕事ではない。患者さんの気持ちや思いを全く無視して良い仕事ではない。そういうナースの存在を、私は許したくない。自分の頭が固いな、とか心が狭いな、とか思うけれど、でも。

接遇

 近年、医療業界でも接遇について色々と言われるようになって、患者さん本位のサービスを心掛けましょう、ということになっている(当たり前のことなのだが)。


 精神科というのは差別や偏見との絡みもあって、接遇面では遅れていると思われる科だと思う(特に古いタイプの病院では)。但し、看護の対象になるのが人の心そのものだったり人間関係そのものだったりする為、単に「接遇」の一言では片付けられない面もある。常に丁寧に優しくしていればいいか、というと、精神科ではそうではない。


 先日、Iさんという真面目な患者さんが私に缶ジュースを渡してきた。「あの〜、Tさんがくれたんですけれど……」。真面目なIさんは、「患者さん同士の者のやりとりは御遠慮下さい」という病棟の方針に従って、ジュースを私に渡してきたらしい。ちなみにこのTさんというのは統合失調症の患者さんなのだが、高齢でもあって、多少認知症が混じってきている感じもする男性の患者さん。ナースルームに戻ってそのことを報告すると、副師長(男性30代)が、「あ、それさっき俺がTさんに出してあげたヤツだ。何か食べモンくれくれってうるせーから」と。そして副師長、缶ジュースを片手にナースルームの窓口から側に居たTさんを呼ぶ。


「おじい! おじい! おい、人にやんなら、もうやんねーぞ!」


 一同が呆気にとられていると、Tさん、


「はい、はい、すみません。飲みますから、これ(缶ジュース)開けて下さい」


 無言で缶ジュースを開けてあげる副師長。ナースルームに戻ってくると、先輩ナースが、「凄い接遇ですね。役職が……(苦笑)」と話しかけた。副師長、「俺だから出来るの。みんなは真似しないように」と笑顔で応えた。


 この副師長、普段からソフトモヒカンに顎髭、ごつい体格で白衣を着ていても充分怖いのだが、私服になると殆どどこかのヤクザ。去年の病院の忘年会でも黒のスーツに黒のシャツ(勿論ノーネクタイ)、髑髏のネックレスで煙草片手に現れ、みんなで「ヤクザだ、ヤクザだ」と指さしたら怒られた。


 だが、この副師長は何も考えてない粗暴な人、というわけではなくて、きちんと理解力の有る患者さんにはきちんと礼儀正しい接遇をしている。患者さんに合わせて、色々な対応の仕方をしているのだ。勿論、接遇のマニュアルから言うと絶対行ってはいけない対応なのだけれど、多分、私がTさんに、「他の人に物をあげるのは禁止ですから、もうしないで下さいね」と言っても、多分理解して貰えないだろうし、多分Tさんは直ぐ忘れてしまうだろう。でも、コワモテの副師長がこういう言い方をすればTさんは、ああ、人にあげたら駄目なんだな、ということをきちんと理解して、(忘れてしまわなければ)もうあげたりはしないだろう。精神科の接遇は難しい。マニュアルなんて、絶対にこれが正しいという正解なんて、存在しないのだ。

点滴


 点滴と言えば、翼状針という形状の針を使って行うのが一般的だが、輸液の量が多かったりして時間がかかる時や、患者さんが動き回る時は、留置針と呼ばれる(製造しているメーカーによってサーフローだったりセーフレットだったり名称が違う)特殊な針を使う。この留置針、普通の採血や翼状針を刺すより、刺すのが少し難しい。


 昨日も一人、高齢で皮膚が硬く血管も硬くしかも脆くてすぐ漏れる、という看護師泣かせの患者さんにこの留置針を入れなければいけなくなった。しかもこの患者さん、昔の全身火傷(精神科の患者さんでは時々焼身自殺をしようとする人が居る)の跡のケロイドがあちこちに残っていて、血管が非常に探しにくい。私がトライしたけれど、私は点滴が苦手なので、無論入らない。


 そこで、割合点滴が上手な副師長を呼んできて入れて貰ったが、彼も入れられない。次に点滴が得意な私と同じ名字の看護師を呼んできたが、彼も上手く血管に針を入れられない。最後に、右足首靱帯損傷中でナースルームでリーダー業務をしていた看護師を呼んできた。彼は点滴名人で、一度失敗したものの、上腕で私が何とか探し当てた血管に綺麗に留置針を入れてくれた。


 留置針1本入れるのに、看護師4人がかりで40分もかかってしまった。時々、こういう看護師泣かせの患者さんがいて、参る。

お説教と脱力


 前に書いたことのある思考障害の強い元医学部生の患者さんがまた盗みを働いた。これは盗癖というもので、薬で治るものでもない(衝動コントロールが悪いと解釈してそれを制御する薬を投与することはある)。恐らく人格水準が大きく低下して、最早善悪の区別すら判然としないであろう彼は、盗みが発覚してもあっけらかんと自分の要求(煙草を自由に吸わせて欲しい←胃・十二指腸潰瘍持ちなので不可、喫茶店に行きたい←閉鎖病棟医療保護入院中なので単独では不可)をしてくる。「なめられるなよ」という先輩の声を背に、ここは一発久し振りに真剣に患者さんと話をしなければ、と病室に向かった。


 自分の要求を執拗に繰り返す彼に、「あなたは自分の要求ばかり訴えてくるが、病棟のルールを守るように(盗みをしないように)私達がお願いしても全く守ってくれない。病棟のルールを守る気持ちがあることを態度と行動で示して貰えなければ、私達も貴方の要求はのめない」と厳粛な顔付き(多分)と態度で伝えた。しかし彼、憤然と「僕は天皇制は廃止した方がいいと思うんですよ!」


 ……あまりにズレた会話(恐らく思考障害がなせる技であろう)に思わず腰が抜けて笑い出しそうになったが、一応こっちもプロなのでぐっと堪えて真面目な顔付きをしていた。……だが同じ病室で話を聞いていた他の患者さんとその患者さんに面会に来ていた奥さんは明らかに失笑していた……。


 こういう風に真面目に患者さんと話をすると、ああ、精神科ナースをしている感じだなあ、と思うけれど、このやりとりにはもう何と言っていいのやら。誰か彼の思考障害を何とかして下さい(ついでに盗癖も何とかして下さい)。

高熱

 もう1人の受け持ち患者さんの、検温をしてみてびっくりした。38.5℃。本人はけろっとしているものの、顔が紅潮していて、「?」と思っていたのだが、発熱のせいだった。インフルエンザテストの反応はマイナス。


 精神科の患者さんは抗精神病薬を服用しているせいもあって、身体的な不調を自覚しないことが多い。この患者さんは医学部生だった十代の終わりに発症、その後入退院を繰り返していて最近はもう長期入院してしまっている人だけれど、思考障害が強くて、ドクターに「頭や喉が痛かったりしませんか?」と尋ねられて、「この間先生がリスパダールを増やしたんですけど、それから調子が悪いんですよ」ととんちんかんな答えをしてしまうような患者さん。十二指腸潰瘍と胃潰瘍があって、何度も大量の吐血や下血をしているのだけれど、そのことについても「盲腸だと思うですよね〜」と、元医学部生とは思えない発言をする。


 本当は慢性期療養型病棟の有る病院に転院して頂きたいところ(私の勤務する病院には慢性期療養型病棟は無い)なのだが、家族が今の病院での治療の継続を希望している。この患者さん、過飲水に盗癖もあって、もう何をどうしたらいいのか私も半分頭を抱えているのだが、取り敢えず今回の高熱が悪性のものではないことを祈る。