処遇困難例

 寝不足で死にそうだったので、最低限の仕事だけして、さっさと帰って来て、駅のホームをのったりのったり上がっていたら、真正面のエレベーターから駅員が血相を変えて担架を運び出している。これはもしかして私も心臓マッサージくらいお手伝いしないと駄目かも、と思い(心臓マッサージというのはエラく疲れるので、交代しながら何人かでやる)、ホームに戻った。そこに丁度電車が入ってきて、ドアが開くと、担架が待機していた辺りの車内で、ヘッドギアを被った男性が倒れて両手を上に突き上げて硬直している。一目見て、てんかん発作だと判った。


 発作中は動かしてはいけないというのがセオリーなのだけれど、どう見ても電車が発車出来なくて、困っている(苦笑)。そこで、極力動かさないように大人数で担架に水平移動して貰って、ホームに下ろした。電車はすぐさま発車、しばらくしてその発作を起こしていた人も意識が戻り、ベラベラ自分の名前やら年齢やらを話し出して、意識は極めて清明、麻痺も外傷も取り敢えずは無し、丁度救急隊が到着したので、引き渡してきた。


 その患者さん、ヘッドギアをしっかり被って、「デパケン飲んでます」とかしっかり話すものだから、てっきりどこかの医療機関につながっている人かと思ったら、そうではないらしい。都立××病院にかかっていたが断られて、他の病院へ行こうとしていたところらしい。家族に連絡を、と思って連絡先を訊こうとすると、ひどく嫌がる。どうやら、家族とは疎遠なようだ。どこか頼りになる医療機関やスタッフはいないか尋ねても、いないらしい。あちゃ〜、こりゃ地域で浮いちゃってる処遇困難ケースだあ、と思ったけれど、そこまで介入するのは通りすがりの一介の大学教員である私のすることではない。


 私が昔勤めていた全国的に有名な精神科病院は、こういう処遇困難な患者さんを嫌う病院だった。私がこの仕事に就く前に勤めていた病院は、ベッドが空いていれば処遇困難だろうが何だろうが、現場の苦労を考えず、入院させる病院だった。勿論、ボランティア精神からではない。単純に、空いているベッドが少ない方が病院が儲かるから、何でもかんでも患者を受け入れていただけだ。



 だけど、私はそれでも処遇困難例を受け入れる前の病院の方が好きだ。有名精神科病院は良い医療をしていて、良い看護も確かにしていたけれど、入り口で患者を選別するようなら、意味が無いと思う。誰からも見放されて、見捨てられて、他に行き場の無いような患者を抱えるのも、私は精神科病院の宿命だと思う。



 その倒れた人ともちょっとだけ話をしたけれど、確かに我が強そうで、医者やその他の医療スタッフと衝突しそうな感じはした。でも、誰も頼れない中で一人で懸命に生きていこうと頑張っている感じがした。こういう人は迷惑なのは、私だって百も承知だ。でも、誰かが、どこかが抱えなければ、いけないのではないかと思う。



 余談だが、その人が倒れている時、乗り合わせていた乗客の日本人は、遠巻きに見ているだけだった。側に居た、アフリカ系の外国人の男性の乗客だけが、手を貸してくれた。恥ずかしくないのか、日本人。