リストカット

 今日、私の受け持ちの患者さんがリストカットをした。まだ二十代の若い女性の統合失調症の患者さんだが、幻覚(幻聴・幻視・体感幻覚)がひどく、抗精神病薬があまり効かない上に、あまり大量に投与すると痙攣発作を起こしてしまうので量を抑えざるを得ない患者さん。ECT(電気痙攣療法)も過去に試したらしいが、病状は変わらなかったらしい。


 「死ね、バカ、メスブタ」と幻聴に罵られ、現実と幻聴の区別がつかなくなって、私は死んだ方がいいと思うんです、と訴える患者さんに何が出来るか、と考えると、何も出来ない自分に気付いて、どうしたらいいかわからなくなる。それは幻聴だから、病気の症状だから、振り回されてはいけない、無視するようにしなければならない、そんな当たり前のことを言っても、彼女が楽になるとは思えない。でも、そう言うしかない。


 私は彼女は少しパーソナリティーにボーダーライン的なものがあるとは思っていて、その辺りは改善の余地が在るとは思うのだが、いかんせん活発な幻覚に対してはどうしたらいいのかわからない。取り敢えず、辛い時はリストカットしたりする前に看護師に訴えてきて欲しい、そう言うしか出来なかった。


 治療的には完全に行き詰まっているこの患者さん、誰か精神科のスキルに長けたナースにアドバイスを貰えたらなあと思うのだけれど、残念ながら今の病院にそういったCNS(クリニカル・ナース・スペシャリスト)のようなナースは存在しない。

勤務表


 看護師なら誰でも気になる来月の勤務表。師長によって早い遅いは有るが、大体において月末にならないと出来上がらない。私の病棟も3月の(仮)勤務表は出たものの、決定版はまだ出来上がらない。これが出来上がらないと、何も予定が入れられない。早くして欲しいな〜と思うものの、作る方も大変なのはわかるので、あまり急かすことも出来ない。うーむ。


 ちなみに最近自動で勤務表を作ってくれるソフトが出来たらしいが、導入されている病院の友達の話を聞くと、やはり人間が作ったものの方が出来が宜しいらしい。

後悔

 先日、他の病棟で或る患者さんが亡くなった。食パンを盗み食いして、気管に詰まらせて窒息死したのである。


 その患者さんは、少し前まで私の勤務する閉鎖病棟に入院していた。精神症状が落ち着いてきたので、開放病棟に転棟したのである。


 うちの病院は毎年1月に院内餅つき大会を行う。患者さん達にもお餅が振る舞われるのだが、その患者さんは嚥下があまり良くない、という理由で食べられなかった。食欲旺盛な人で、「お餅、お餅」と騒ぎ、誤魔化す為にお餅を配る時間はナースルームに入って貰って、煎餅を囓って貰っていた。彼が開放病棟に移ったのは、その少し後のことである。


 或る日、お餅つき大会の反省を病棟でしていた時、或るナースがぽつりと、「○○さん、あんなに早く亡くなっちゃうんだったら、お餅食べさせてあげれば良かったねえ」と言った。私も、そう思った。餅を小さく切り刻んで、ナースが側に付き添っていれば、食べられないことはなかった筈だ。だが、私達は万が一のことを恐れて、食べさせなかった。今になってみれば、食べさせてあげれば良かった、と思う。だが、今更どうにもならない。彼は亡くなってしまった。


 大体のことは笑い飛ばすことで毎日をやりくりしている私達の病棟で、珍しくしんみりとした話だった。

悩み

 今日の午前中は少し忙しかった。他の病棟への転出が1件、入院が1件重なり、そこに更に検査が2件重なった。だが、これだけの業務をこなすのはそんなに大変なことではない。しかし、これらの業務をこなす為に患者さんの作業療法(OT)の付き添いをすることが出来なくなってしまったのだ。今日の午前中のプログラムは、作業療法の処方が出ていない患者さんでも参加出来るプログラムで、希望者が何人か居た。しかし、私の勤務する病棟は閉鎖病棟で、医療保護入院(患者さん本人ではなく保護者の同意による強制的な入院)の患者さんが多く、スタッフが付き添わないと作業療法に参加出来ない患者さんが多い。結局、何とかスタッフを1名確保して、閉鎖病棟でも院内は自由に出歩ける患者さんや離院(病院から逃げ出してしまうこと)の恐れの少ない患者さん数名だけ参加して貰った。


 病棟移動、入院、検査、そういった業務が優先になるのは仕方がない。だが、精神科で作業療法や喫茶店での患者さんとのお茶飲み、お散歩は、患者さんのストレスを軽減し、また患者さんとスタッフの関係を作る重要な時間だと私は考えている。しかし、現実的には、そういったことはどうしても後回しになってしまう。目先の業務に追われてばたばたして、いつも1日が終わってしまう。どうにかならないのだろうか、と考えても、どうにもならない。


 うちの病院の問題点として、清掃を外部の業者に委託していない為、看護補助スタッフが清掃に追われてしまう、という点が有ると思われる。本当は患者さん優先に考えるべきなのだろうが、かといって病棟を汚くしておくわけにもいかない。ここで外部の業者が清掃に入ってくれれば、看護補助スタッフはその分患者さんの付き添い等に回ることが出来る。だが、私がここでこんなことを書いたところで問題が改善されるわけでもない。どうにかならないのだろうか、と考えても、やはりどうにもならないのだった。

病んだ家族、散乱した室内


 再読なのだけれど、久し振りに読了。


 原則的には家庭を訪問して関わる形でケアを行う人に向けて書かれた本なのだけれど、精神疾患を持った人に向き合う時のポイントのようなものも随所に書かれていて、病棟で働いている人間でも充分参考になる内容。そして、「幸福や不幸といったものは、一概に規定できるものではない」など、きらりと光る名言(?)のようなものまでちりばめられている。読んでいて楽しく、勉強になった1冊だった。


親子喧嘩


 うちの病棟には、何故か面会室が無い(そして何故か風呂も無い)。なので、いつも隣の病棟の面会室を借りている。


 或る日、隣の病棟の看護師がやって来た。「あの〜、面会中の方が……」。何かと思って言ってみると、そこでは面会中のうちの病棟の患者さん(男性)が父親と掴み合いの大喧嘩の真っ最中。うちの病棟の男性看護師もやって来て仲裁に入ったのだが、面会室の在る病棟のスタッフがびっくりしたのか全館放送で暴力トラブル応援要請のコール。男性スタッフがわらわらと集まってきたのだが、皆、「何だ〜、○○さんちの親子喧嘩かー」と直ぐに戻っていった(入院して長い患者さんなので結構院内で有名人)。結局、うちの病棟の男性看護師数名になだめられて双方何とか落ち着いたのだが、病院で親子喧嘩するなよなー、という話である。やれやれ。

悪性症候群 neuroleptic malignant syndrome


 抗精神病薬の治療中、希に抗パーキンソン病薬の中断時に見られるもの。薬物のドパミン受容体遮断作用との関連が考えられている。その他原因としては、筋注など非経口的使用法、患者側要因などが考えられている。……なんて言っているが、要するにはっきり言ってしまうと、抗精神薬の副作用らしいのだけれど、よく分かっていないのだ。


 症状としては、抗精神病薬投与後、数日〜1,2週以内に高熱、筋硬直、無動、頻脈、発汗、流涎、振戦、嚥下困難などの錐体外路症状、無動無言あるいは激しい興奮、頻脈、発汗、唾液分泌過多、流涎などの自律神経症状が比較的急激に出現。さらに意識障害などをきたし、血清CPK活性の上昇、ミオグロビン尿などが見られることもある。死亡率は20〜40%と報告されている。適切な処置を講じないと死亡することも希ではない恐ろしい副作用。悪性高熱に似るというが、発症・経過ともにより緩徐らしい。


 ナースサイドで一番これの症状として目につきやすいのは首が硬くなる、所謂、頸部硬直である。これが起こると、本当に患者さんは俯くことさえ出来なくなる。これ以外の症状は悪性症候群以外でも起こり得るが、頸部硬直は比較的悪性症候群に特徴的な症状なので、見分けやすい(但し、脳に損傷が起こって脳圧が上がったりした時等にも頸部硬直は起こることがある)。


 治療としては、抗精神病薬の中止、補液、抗パーキンソン薬筋注、ダントロレン静注、身体の物理的冷却などがある。というか、要は抗精神病薬の副作用なので、抗精神病薬を止めてしまうのが一番手っ取り早い(但し、その場合当然だが精神症状は悪化する)。


 この悪性症候群は、精神科で働いている医療スタッフにとっては一番怖い副作用だ。幸い私はまだ見たことが無いが(これからも見たくはない)。悪性症候群の既往のある患者さんに医師がドサドサ抗精神病薬を投与した場合、看護師はドキドキしながら患者さんの様子を見ていることが多い。


 なお、個人的な印象としては、経口で抗精神病薬を投与するより、輸液の中に混入して点滴で抗精神病薬を落とす方が悪性症候群の発症率が低い気がする。ナースサイドとしては、点滴の管理が大変だが……(何分精神科の患者さんは自分で点滴を引っこ抜いてしまったりチューブを口で噛み切ってしまったり点滴スタンドを蹴倒してくれたりすることが有るので)。