お説教と脱力


 前に書いたことのある思考障害の強い元医学部生の患者さんがまた盗みを働いた。これは盗癖というもので、薬で治るものでもない(衝動コントロールが悪いと解釈してそれを制御する薬を投与することはある)。恐らく人格水準が大きく低下して、最早善悪の区別すら判然としないであろう彼は、盗みが発覚してもあっけらかんと自分の要求(煙草を自由に吸わせて欲しい←胃・十二指腸潰瘍持ちなので不可、喫茶店に行きたい←閉鎖病棟医療保護入院中なので単独では不可)をしてくる。「なめられるなよ」という先輩の声を背に、ここは一発久し振りに真剣に患者さんと話をしなければ、と病室に向かった。


 自分の要求を執拗に繰り返す彼に、「あなたは自分の要求ばかり訴えてくるが、病棟のルールを守るように(盗みをしないように)私達がお願いしても全く守ってくれない。病棟のルールを守る気持ちがあることを態度と行動で示して貰えなければ、私達も貴方の要求はのめない」と厳粛な顔付き(多分)と態度で伝えた。しかし彼、憤然と「僕は天皇制は廃止した方がいいと思うんですよ!」


 ……あまりにズレた会話(恐らく思考障害がなせる技であろう)に思わず腰が抜けて笑い出しそうになったが、一応こっちもプロなのでぐっと堪えて真面目な顔付きをしていた。……だが同じ病室で話を聞いていた他の患者さんとその患者さんに面会に来ていた奥さんは明らかに失笑していた……。


 こういう風に真面目に患者さんと話をすると、ああ、精神科ナースをしている感じだなあ、と思うけれど、このやりとりにはもう何と言っていいのやら。誰か彼の思考障害を何とかして下さい(ついでに盗癖も何とかして下さい)。