運動会


 先日は、勤務先の病院の運動会だった。参加者は勿論患者さんがメインだが、職員も多少混じって競技に参加する。今、精神科ではこういったレクリエーション的活動が削減されて減少していく病院が多いようだが、個人的にはあった方がいいのかな、と思っている。病棟、という非日常的な世界から、(「ハレ」的な場であるからそれもまた非日常ではあるのだが)日常の世界に一瞬だが、戻る。精神科の運動会だからといって、特別な競技は無い。あくまで、患者さんの安全に配慮しながらの普通の運動会なのだ。


 そして、何よりビックリしたのは近所の保育園の園児達がエキストラ(?)参加でダンスを披露したこと。託児所が無いという病院の問題もあって、その保育園に子供を預けて働いている職員が多数居る、という関係も在るようだが、一般科(※精神科以外の科)ならともかく、精神病院の運動会ではちょっと考えられないこと。でも、こういう風に精神科を身近に感じで接してきた子供達なら、多少は精神科に対する偏見が少ない大人になるのではないか、と思ったりもするが、逆にマイナスイメージが根底に根付いてしまうのかな、という不安も多少はある。でも、徒競走も行ってくれた園児達は、客観的には楽しそうだったので、多分それは杞憂だろう。


 こういう行事が職員の自己満足に終わっていないか、という点はやはり検討されるべきところであって、例えば仮装リレーで医局チームの若い男性ドクターがナース服(勿論スカート)にナースキャップで走ったのは、神経症圏の比較的「常識」的なものが残っている患者さん達には大好評だったが、例えば疾病が慢性化した患者さんで無為自閉的になっており、既に「常識」的なものを失ってしまっている患者さん達には面白かったのか。職員の男性vs女性という大綱引きは、患者さんにとっては見ていて面白いものだったのか(結果は数が勝る女性職員の大勝で、それはそれで面白がっている患者さん達も居た。何しろ、ナースに代表される医療関係職の女性というのは、気が強いし体力もある)。


 色々振り返って検討すべき点はあるだろうが、でも、私は精神病院の運動会は無いより有る方がいいと思っている。以前、大規模な精神科の慢性期病棟に勤めていた時、長期入院(数年、という生易しいものではない。何十年、という単位である)している高齢の患者さんを見て勤続年数の長い職員がふと、「××さんも足腰が弱っちゃったなあ。昔、運動会が有った頃なんかは、絶対に徒競走では一番だったんだけどねえ。本当に速かったんだよ」と感慨深げに語っていた。


 精神病院は本来、何年も何十年も入院するべき場所では無い。患者さんは地域に帰っていくものだ、その考え方に異論を唱えるつもりはない。でも、地域の受け皿が整っていない(そして精神病に関する偏見が根強い)現状では、精神病院しか生活の場が無い患者さんが居るのも、歴然とした事実だ。だとしたら、せめて年に何回かは自分が「患者」である、ということを意識させないこういった行事で彼等に楽しんで貰いたい、と私は思う。


「世人は精神病者に危険な異常者という偏見を抱いている。昔は家族に精神病者が出たりしたならその家の恥辱とし、座敷牢などに閉じこめ、なかなか病院へ連れてこなかったもんだ。この偏見は、未だに続いている。」
北杜夫「どくとるマンボウ医局記」中公文庫より)


どくとるマンボウ医局記 (中公文庫)

どくとるマンボウ医局記 (中公文庫)